

監修医師:
春日 武史(医師)
有機リン剤中毒の概要
有機リン剤中毒とは、農薬や殺虫剤の主成分として広く使われている「有機リン化合物」が体内に入ることで生じる中毒症状です。
有機リン化合物の多くは、昆虫や一部の微生物に対する強力な毒性を持ちます。そのため、さまざまな農業害虫の駆除に効果的なものが次々と研究され、農薬や殺虫剤などとして実用化されてきました。現在も世界中で使われる農薬の主成分として、多種多様な有機リン化合物が使用されています。
一方で、有機リン化合物の及ぼす毒性は昆虫などにとどまりません。ヒトを含む多くの哺乳動物や他の生物種に対しても、有機リン化合物の多くは強い毒性を示します。サリンやVXといった毒ガス兵器の成分にも、有機リン化合物が含まれます。
有機リン化合物は、さまざまな経路で人体へ取り込まれます。そのため、農薬の散布中や準備中に肌に付着してしまう事故や、誤って吸い込んだり飲み込んだりしてしまう事故が起こり得ます。農薬は比較的容易に入手できることから、自殺目的での使用例も報告されています。
有機リン剤中毒では、急性症状として「涙や鼻水が出る」「呼吸が苦しくなる」「瞳孔が収縮する」といった症状が見られます。さらに重症になると、嘔吐、失禁、呼吸困難、全身のけいれん等が起こります。治療が間に合わない場合、主に呼吸不全などにより死亡することがあります。
有機リン剤中毒は、有機リン化合物に曝露を受けた状況や臨床所見から総合的に診断されます。ただし、類似の症状を示すカーバメート中毒との鑑別は困難なケースがあります。
症状の一部は拮抗剤(解毒剤)をすみやかに投与することで改善が期待できますが、必要に応じて人工呼吸器管理などをおこなう必要があります。
近年、毒性の強い有機リン系の農薬は販売終了となる傾向にあります。しかし、国内を含め現在でも農薬として実用・販売されているものもあります。有機リン剤中毒の発生を予防するために、農業従事者への注意喚起などが有効です。
有機リン剤中毒の原因
有機リン化合物は、経皮、経気道、経口などあらゆる経路から人体に吸収される可能性があります。
したがって、有機リン剤中毒を発症する主な原因としては、農薬の散布中や準備中に肌に付着してしまう事故や、誤って吸い込んだり飲み込んだりしてしまう事故が挙げられます。
有機リン化合物による中毒症状は、主に「アセチルコリンエステラーゼ阻害作用」という神経毒性によって引き起こされます。これは「神経の末端など、体内のいたるところにあるスイッチがオンになったまま、元に戻せなくなる」という状態です。
こうした毒性による症状は「急性コリン作動性症候群」とも呼ばれ、呼吸機能を中心にさまざまな障害が出ます。
有機リン化合物には多くの種類があるため、その種類によって、発症までの時間や症状の持続時間が異なります。また、有機リン化合物の種類によって毒性の強さも変わり、曝露量とともに重症度に大きく影響します。
急性の症状以外には、曝露から数日経過後に遅発性の症状が出るケースや、一部の障害が後遺症として残るケースも報告されています。
有機リン剤中毒の前兆や初期症状について
有機リン剤中毒は、偶発的な事故などにより発生することが多く、前兆は定義できません。ただし、農薬散布などの作業に関わった直後に体調に異変を感じた場合は、それらが前兆となり得ます。
症状のあらわれかたには、有機リン化合物の種類による差がありますが、代表的な初期症状としては、「涙や鼻水が出る」「呼吸が苦しくなる」「瞳孔が収縮する」といったものがあります。
重症例では、嘔吐、失禁、呼吸困難、全身のけいれんなどさまざまな全身性の障害へと発展し、呼吸不全などにより短時間で死亡するケースもあります。
有機リン剤中毒の検査・診断
有機リン剤中毒の検査・診断は臨床所見などから総合的におこなわれます。
問診により曝露状況の聞き取りが可能であれば、診断の参考になるほか、有機リン化合物に特徴的なガーリック臭などが参考になるケースもあります。
ただし、有機リン剤中毒の症状は、同じく農薬中毒としてよく見られるカーバメート中毒とほぼ共通するため、臨床的に鑑別するのは難しいとされています。
毒性や症状の程度を評価するため、血液検査をおこなうことがあります。
有機リン剤中毒では、患者さんの尿を分析し、有機リンの定性分析をおこなうことなどによって確定診断を下すことができます。
有機リン剤中毒の治療
有機リン剤中毒の治療は、拮抗剤(解毒剤)の投与を中心におこないます。
有機リン化合物への曝露からあまり時間が経過していない場合は、吸収阻害を目的とする応急処置として、曝露部位の洗浄、胃洗浄、活性炭の投与などが試みられることもあります。
有機リン剤中毒の主な急性症状である、急性コリン作動性症候群に対する拮抗薬として「アトロピン硫酸塩」が使用されます。追加の拮抗薬として「プラリドキシムヨウ化物」などが投与されるケースもあります。
有機リン剤中毒が重症化した場合、呼吸不全によって死亡する恐れが高いとされています。そのため、拮抗薬を用いた治療と同時に、必要に応じて適切な人工呼吸器管理がなされる必要があります。
有機リン剤中毒になりやすい人・予防の方法
有機リン剤中毒は、有機リン化合物を含む農薬や殺虫剤の取扱いを誤ることで起こり得ます。
現在は世界的に、毒性の強い有機リン系の農薬は販売終了・製造禁止となる傾向にあります。日本国内では、家庭用の殺虫剤としては有機リン剤はほぼ使用されていません。しかし、農薬の一部には実用・販売されているものもあります。
したがって、有機リン剤中毒になりやすい人は、農業従事者など有機リン剤を含む薬品を扱う機会の多い人と言えます。農薬の調剤中や散布中においては、経皮曝露や吸入をしないよう慎重に作業し、正しい取扱い方法や使用量を守ること、適切な防護具を使用することで、有機リン剤中毒の発症を予防できます。
また、故意の内服、あるいは誤飲事故を防ぐため、有機リン化合物を含む薬品類の保管にはじゅうぶんに注意する必要があります。万一、殺虫剤や農薬を誤って身体に浴びる、吸入するなどした場合は、すみやかに医療機関を受診することが推奨されます。
関連する病気
- 農薬中毒
- カーバメート中毒
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