下垂体前葉機能低下症
井林雄太

監修医師
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)

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大分大学医学部卒業後、救急含む総合病院を中心に初期研修を終了。内分泌代謝/糖尿病の臨床に加え栄養学/アンチエイジング学が専門。大手医学出版社の医師向け専門書執筆の傍ら、医師ライターとして多数の記事作成・監修を行っている。ホルモンや血糖関連だけでなく予防医学の一環として、ワクチンの最新情報、東洋医学(漢方)、健康食品、美容領域に関しても企業と連携し情報発信を行い、正しい医療知識の普及・啓蒙に努めている。また、後進の育成事業として、専門医の知見が、医療を変えるヒントになると信じており、総合内科専門医(内科専門医含む)としては1200名、日本最大の専門医コミュニティを運営。各サブスぺ専門医、マイナー科専門医育成のコミュニティも仲間と運営しており、総勢2000名以上在籍。診療科目は総合内科、内分泌代謝内科、糖尿病内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、精神科、整形外科、形成外科。日本内科学会認定医、日本内分泌学会専門医、日本糖尿病学会専門医。

下垂体前葉機能低下症の概要

下垂体前葉機能低下症に触れる前に、「下垂体」についてご説明しておきます。
下垂体(または脳下垂体)とは、脳の中央部に位置する器官で、さまざまなホルモンを分泌する働きがあります。このホルモンを分泌する器官のことを「内分泌器官」と呼び、人間の生命を維持し、身体が正常な機能を保つために重要な働きを担っています。
ホルモンは全身のいたるところで作られ、現時点で判明しているだけで100種類以上と言われていますが、そのうち下垂体で作られるホルモンは8種類ほどとされています。下垂体はその構造上、前葉と後葉の2つの部分からなり、今回の病気に関わる「下垂体前葉」では6種類のホルモンが分泌されています。

〈下垂体前葉から分泌されているホルモンの種類〉

  • 成長ホルモン(Growth hormone:GH)
  • 甲状腺刺激ホルモン(Thyroid-stimulating hormone:TSH)
  • 副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic hormone:ACTH)
  • 卵胞刺激ホルモン(Follicle-stimulating hormone:FSH)
  • 黄体化ホルモン(Luteinizing hormone:LH)
    (卵胞刺激ホルモン、黄体化ホルモンを併せて「性ホルモン」と呼ぶこともあります)
  • プロラクチン(Prolactin:PRL)

下垂体の働きを簡単に説明すると「ホルモンを出すためのホルモンを分泌する」器官であり、身体の成長や代謝、生殖機能などを調節しています。
この下垂体前葉の機能が低下すると、成長ホルモンや副腎皮質ホルモンなど、さまざまなホルモンの分泌が減ってしまい、身体にさまざまな不具合が生じることとなります。

下垂体前葉機能低下症の原因

下垂体前葉機能低下症の原因は、先天的なものと後天的なものがあります。

先天性の下垂体前葉機能低下症は、特定の遺伝子の異常や、成育過程において何らかの理由で下垂体がうまく作られないことなどが原因とされています。

後天的な下垂体前葉機能低下症では、主に下垂体またはその周辺に生じた腫瘍外傷自己免疫疾患手術や放射線などが原因となります。

下垂体前葉機能低下症は、上記の理由により下垂体の前葉から分泌されるホルモンが減少することで起こりますが、その具体的な症状は減少するホルモンによってさまざまです。
減少するホルモンは1種類のこともあれば、複数の場合もあります。

下垂体前葉機能低下症の前兆や初期症状について

下垂体前葉機能低下症では、どのホルモンが減少するかで現れる症状が異なります。以下に、減少するホルモンごとに起こりやすくなる症状をご紹介します。

成長ホルモン
子どもの場合は低身長などの成長障害が起き、成人では筋肉の減少、体脂肪の増加、骨粗しょう症の発症リスク増加のほか、気力・体力の低下といった症状が見られます。

甲状腺刺激ホルモン
無気力、疲労感、むくみ、便秘、寒がり、体重の増加、動作が緩慢になる、記憶力が低下する、など、甲状腺の機能が低下することで起こる症状が見られるようになります。

副腎皮質刺激ホルモン
血圧の低下、疲れやすくなる、身体がだるくなる、食欲の減退、体重の減少、吐き気、無気力、頭がぼーっとする、といった副腎機能不全の症状が現れます。

卵胞刺激ホルモン、黄体化ホルモン
いずれも性ホルモンとして性腺機能や性欲に関わるホルモンです。思春期以降で第二次性徴が発現しない、性欲の低下、勃起障害、無月経や生理不順、不妊などの症状が現れます。

プロラクチン
プロラクチンは母乳の生成に関わるホルモンのため、女性において母乳の分泌が低下する症状が見られます。

下垂体前葉機能低下症が疑われる場合は、ホルモンに関する診療科である内分泌内科内分泌代謝内科を受診してください。
なお、小児の下垂体前葉機能低下症は小児慢性特定疾患に定められており、成人の場合とは症状や治療法が異なります。子どもに下垂体前葉機能低下症の疑いがあるようでしたら、まずは小児科で相談してください。

下垂体前葉機能低下症の検査・診断

下垂体前葉機能低下症の診断にあたっては、問診、身体的特徴の診察、内分泌機能の検査、画像による検査などを行い、診断へとつなげていきます。

問診では、症状がいつからどのように出ているか、頭の外傷や手術の経験があるか、家族に同様の症状を持つ人がいるかどうか、などの項目を詳しく聞き取っていきます。

さらに、身体の状態を診察し、下垂体前葉機能低下症の兆候を示す症状が出ていないかどうかを確認していきます。
具体的には、身長や体重を確認して成長の障害が起きていないか、体重の減少がないかどうか、また、皮膚の乾燥や脱毛も症状の1つであるため、そのあたりも確認し、内分泌系の異常を示す症状が出ていないかどうかを見ます。

そして、診断の確定には各ホルモンの分泌状態を調べる内分泌機能検査が欠かせません。血中のホルモン濃度を調べるほか、ホルモンの分泌を促す物質を投与し、下垂体がどの程度反応するかどうかを見る「刺激試験」が行われることもあります。

また、画像での診断も重要な要素です。画像診断ではCTやMRIを用い、下垂体およびその周辺の構造を詳細に調べることができます。

画像では下垂体の大きさ、腫瘍の有無および周辺組織への影響、動脈瘤など血管系の異常の有無といった病変がないかどうかを調べます。

下垂体前葉機能低下症の治療

下垂体前葉機能低下症の治療では、不足しているホルモンの種類をつきとめ、補充することが基本となります。

ホルモン補充療法においては、それぞれの症状や性別、年齢、また症状の程度に合わせて投与するホルモンの種類と量が決められます。治療の際は、症状の改善はもちろんですが、患者さんの生活リズムとの兼ね合いや副作用のリスクなどにも気をつける必要があります。

下垂体前葉機能低下症の治療は生涯にわたってホルモン量を管理することになります。そのため、治療にあたっては定期的な診察と血液検査を行い、ホルモン補充量の微調整を行いながら、長期的な視点で健康を維持する方向で進めていきます。
発熱や外傷など、身体にストレスがかかる状況では別途ホルモン量の調整が必要となることもありますので、自己判断で量の増減や中断をせず、主治医の指導を守るようにしましょう。

また、腫瘍や炎症といった原因となる疾患がある場合は、手術で腫瘍を切除するなど、その疾患に対する治療を行います。

下垂体前葉機能低下症になりやすい人・予防の方法

下垂体前葉機能低下症は、下垂体およびその上部に位置する間脳という部位に何らかの障害がある場合に起こります。したがって、その部位に関連する病気にかかった経験がある方は、下垂体前葉機能低下症になる可能性が高くなります。

具体的には、脳の病気、頭の手術や放射線治療を受けた経験、頭部のケガ、くも膜下出血、小児がん、出産時の大量出血などが原因として挙げられます。

これ以外に、原因のはっきりしない場合や、生まれつきの遺伝子の変異によって起こる場合もあります。


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