

監修医師:
伊藤 規絵(医師)
脊椎損傷の概要
脊椎はクッションの役目である軟骨(椎間板)と靭帯・椎骨で構成され、内部(脊柱管)に脊髄が存在します。脊椎損傷とは、この体幹を支える骨(脊椎)が損傷を受けた状態を指します。例えば、椎体損傷は脊椎の前方にある、最も体重がかかる部分(椎体)の骨折です。これらの損傷は、交通事故や転落などの高エネルギー外傷によって引き起こされることが多いようですが、近年では高齢者の軽微な外傷でも発生しています。脊椎損傷は骨粗鬆症や転移性骨腫瘍による病的椎体骨折、強い外力による外傷性椎体骨折などに分類されます。症状は骨折部位の疼痛が主で、多発性に生じると背中が丸くなり(円背)、身長が低くなることがあります。脊椎損傷の診断には、レントゲン撮影とCTスキャンが用いられ、骨折の詳細な形態を確認します。
重要な点として、脊椎が不安定な場合、後に脊髄損傷が発症する可能性があることです。脊髄損傷を伴う場合、神経症状として四肢または両下肢の麻痺が生じる可能性があり、重症例では呼吸困難を引き起こすこともあります。治療方法は損傷の不安定性によって決定されます。軽度の場合はカラー固定やコルセットなどの外固定による保存療法が選択されますが、不安定性が強い場合は手術による固定が必要となります。治療後のリハビリテーションは大変重要です。脊椎損傷とそれにより合併した脊髄損傷は患者さんの生涯に影響を与える可能性があるため、早期に専門的な施設での治療が推奨されます。
脊椎損傷の原因
外部からの強い衝撃や負荷が原因となります。具体的には交通事故や高所からの転落、平地での転倒、スポーツ外傷(特に10代に多い)、落下物の下敷きなどが挙げられます。これらの外傷性要因に加え、非外傷性の原因も存在します。
- 骨粗鬆症による病的骨折
- 腫瘍や炎症に起因する病的骨折
また、脊柱管狭窄症や後縦靭帯骨化症などの既存の脊椎疾患がある場合、軽微な外傷でも脊椎損傷と脊髄損傷を引き起こす可能性が高まります。さらに、近年の傾向として、交通事故による受傷の割合が減少する一方で、高齢者の起立歩行時の転倒による受傷が増加しています。これは高齢化社会を反映した結果と言えます。
脊椎損傷の前兆や初期症状について
損傷の部位や程度によって異なりますが、局所的な痛み(損傷部位の首や背中に強い痛みを感じます)や触診時の痛み(損傷部位を触ると痛みが増強することがあります)のような症状が現れることがあります。また、脊髄損傷も合併すると、損傷部位より下の身体部分に、異常感覚(しびれ、痛み、感覚低下)や筋力低下、麻痺(まひ)、腱反射の亢進、病的反射陽性のような神経症状が現れることがあります。 さらに、自律神経症状(排尿・排便障害や性機能の変化が生じる)も生じることがあります。
これらの症状が現れた場合、特に事故や転倒後に発症した場合は、直ちに医療機関を受診することが重要です。早期診断と適切な処置が、二次的な脊髄損傷を防ぎ、予後を改善する可能性があります。
脊椎損傷の病院探し
整形外科や脳神経外科、脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
脊椎損傷の検査・診断
患者さんの安全性を最優先しつつ、迅速かつ正確に行われる必要があります。
初期評価
- 問診:患者さんの症状や受傷機転について詳細な情報を収集します。特に、目撃者からの情報は重要で、受傷時の状況を正確に把握することで、損傷の可能性が高い部位を推測できます。
- 身体診察
患者さんの訴える痛みの部位を注意深く確認しますが、多発外傷の可能性も考慮し、全身を評価します。神経学的検査も行い、感覚異常や筋力低下、麻痺、腱反射の異常の有無などを確認します。 - 画像検査
- X線検査:初期評価として行われ、骨折や脱臼を確認します。
- CT検査:骨の損傷を詳細に評価でき、X線では見えにくい骨折線も検出できます。脊椎損傷の診断には不可欠です。
- MRI検査:脊髄や軟部組織、靱帯の損傷を評価するのに最適です。脊髄損傷が疑われる場合に特に重要です。
これらの検査は通常、組み合わせて行われます。例えば、X線検査とCT検査はセットで実施されることが多く、脊髄損傷の疑いが強い場合はMRI検査も追加されます。画像検査の結果と臨床症状を総合的に評価し、損傷の程度や不安定性を判断します。この評価に基づいて、適切な治療方針が決定されます。脊椎損傷の診断では、二次的な脊髄損傷を防ぐため、検査中も患者さんの体動を最小限に抑えることが重要です。また、多発外傷の可能性も考慮し、ほかの部位の損傷も見逃さないよう注意が必要です。
脊椎損傷の治療
不安定性が軽度であればカラー固定やコルセット等の外固定による保存療法で加療しますが、不安定性が強ければ手術で固定して早期離床、リハビリを図ります。
保存的治療
麻痺などの神経症状がない場合、保存的治療が選択されます。主に「安静と疼痛コントロール」が原則となります。コルセットの着用や横臥位での安静により、脊椎への負担を軽減し、骨の変形を防ぎます。約2〜3ヶ月の保存的治療で、約80%の患者さんで骨癒合が得られるとされています。
手術療法
大きく分けて前方法と後方法があります。椎体(脊椎の前方の骨)の圧潰が強く骨片が神経を強く圧迫している場合は前方法で骨片を除去して骨を移植して固定します。後方法は螺子(ねじ)(スクリュー)の力にて脊椎を矯正して強固に固定します。最近は低侵襲の手術手技(Minimally Invasive spine Stabilization technique:MISt)も開発されてきており適応になることもあります。
- MISt手技とは
脊椎の不安定性や変形に対して、低侵襲で固定や制動を行う手術手技の総称です。この手法は、患者さんの回復を早め、術後の合併症を減少させることを目的としています。2005年以降、日本で急速に普及し、高齢者医療などのニーズに応じた新たな治療選択肢として重要な役割を果たしています。 - バルーン椎体形成術(Balloon Kyphoplasty:BKP)
椎体の圧迫骨折で十分な保存的治療(通常2週間から3ヶ月)を行っても痛みが取れない場合には、BKPが検討されます。BKPは、圧迫骨折によってつぶれた椎体をバルーンで膨らませ、骨セメントを充填して安定させる治療法です。
脊椎損傷になりやすい人・予防の方法
高齢者(加齢による変形性脊椎症や骨粗鬆症のリスクが高い)や骨粗鬆症患者さん(骨の脆弱性が増加している)、脊柱管狭窄症患者さんなどがなりやすい人です。特に老人におこるものは胸椎と腰椎の移行部(胸腰移行部)あたりの椎体に生じ、ほとんどが骨粗鬆症に起因して尻もちなどの軽微な外力により生じるものです。予防方法としては、転倒予防(住宅環境や労働環境の整備)や交通安全の徹底(事故リスクの低減)、早期発見(「頸椎ドック」などによる脊柱管狭窄症の早期発見)、骨粗鬆症対策(適切な栄養摂取と運動)、頸椎症状の早期受診(手のしびれなど初期症状が現れたら専門医の診察を受ける)などが挙げられます。
特に高齢者は、軽微な外傷でも脊髄損傷を引き起こす可能性があるため、日常生活での注意が重要です。また、定期的な健康診断や専門医の診察を受けることで、リスクの高い状態を早期に発見し、適切な対策を講じることが予防につながります。
参考文献