中村 中 「ゾッとすることを楽しんでもらいたい」、一夜限りのスペシャルライブ『第一回歌謡サスペンス劇場』にかける思いとは

アーティスト

SPICE

中村 中

中村 中

中村 中が6月1日、東京・日本橋三井ホールにおいて自身企画による一夜限りのスペシャルライブ『第一回歌謡サスペンス劇場』を開催する。歌詞を最後まで聴いたら背筋がゾッとしたり、違う視点から聴いてみたら恐怖を感じたり。みなさんは歌謡曲を聴いていて、そんな経験をしたことはないだろうか。ライブを通して、歌謡曲の自由な聴き方を提案し、観客の想像力と活力を刺激していく“歌サス”。ゲストに盟友・一青窈を迎え、中村自身のルーツでもある歌謡曲を歌いまくる本公演にかける中村 中の思いを聞いた。

――公演名は『第一回歌謡サスペンス劇場』。『火曜サスペンス劇場』を思わせる公演名からしてゾクゾクしました。これ、タイトルを考えたのは中村さんですか?

そうです。現代の音楽でもそうですけど“歌謡曲”と呼ばれている時代の曲は特に、その歌のシチュエーションを想像するとゾッとするような曲とか、最後まで聴いて歌の意味を理解したときに衝撃を受けて、人に話したくなるような内容の物があって。例えば、思い通りにならない愛情が愛憎になっていく様とか。そういうことが割と直接的に歌われていて、歌謡曲はサスペンスだなと常々思っていたので、このタイトルをつけたんです。

――これは“火サス”ではなく“歌サス”だと。

はい。あと、視点を変えて曲を聴いてみたり、意味を勘違いして聴いていた曲も結構あって、勘違いしていたけど、そのほうが自分にはしっくりくる、みたいな曲の聴き方ってあると思うんですね。聴き手の数だけ答えがあるというか。例えば「木綿のハンカチーフ」という歌があるじゃないですか。

――はい。太田裕美さんの歌で、都会に行ってしまった恋人と田舎に残った恋人との遠距離恋愛を綴った曲ですよね。

恋人が都会に行ってしまってからはお互い顔を合わせることなく、やりとりは手紙だけじゃないですか。でも、本当にその恋人が手紙を書いてると信じていいんだろうか? って考えたことがあって。

――えぇー!! そんなぁ。嘘だ…(苦笑)。

都会に旅立った恋人が、どの時点で故郷に帰らないことを決めたのかな? とか考えていて。私は疑り深い性格なので(笑)、そういう聴き方をしてしまっただけなんですけど、聴き手の気持ちの状態次第で視点が変わったりもすると思うんですね。甘酸っぱい恋の歌かと思いきや、サスペンス要素もあるな、と思っていて。

――手紙は恋人が書いてるものだと思っていたけど、実は違う人が書いていたらとか。

“手紙なんて信用できないじゃん”という人は、そういう気持ちで聴いてしまうかもしれないですよね? でも、それってその人ならではの聴き方で、そういう奥行きが面白いなと思います。

――同じ曲なのに、いままで気づかなかった視点から聴いてみると、まったく違う作品としてその曲を楽しめてしまう訳ですね。

曲が良いからという大前提がありますけど、そういう深読みとか誤読をも楽しませてくれる歌謡曲の懐の広さが好きなんですよね。そういうことを友人や仕事仲間に話していたら“そういう聴き方ができるのか”、“面白い!”という反応があって、それが今回のライブをやってみようと思ったきっかけですね。

――素晴らしい! いま中村さんの「木綿のハンカチーフ」の新解釈を聴いただけでゾクッとしましたもんね。

あと、流行病のせいで去年まで活動が思うようにいかなかった反動もあると思います。 “面白いと思っていることを思いきりやろう”という気持ちになっているので。

――なるほど。では、この企画を歌謡曲というジャンルでやろうと思った理由は?

歌謡曲というと昭和歌謡を思い浮かべる方が多いと思いますが、昭和歌謡は日本が戦後、焼け野原になったところから復興して、経済成長をしてゆく激動の最中に人々が口ずさんだ歌だから、生命力を感じるんですよね。血が沸き立つというか。私自身も生命力を求めているし、そういう場を求めている方もいらっしゃるのでは?と思って歌謡曲を選びました。

■「泣かせて」や「かもめはかもめ」はいまでも心の拠り所、自分のバイブルみたいなもの。「かもめはかもめ」の《あきらめました》という歌い出しは、諦めないと生きていられなかった当時の感情とマッチしたんです。

――少し話が逸れるのですが、中村さんが実際に歌謡曲に惹かれたのはいつ頃だったのですか?

いつというのは難しいのですが…、好きなのかもしれないと思いはじめたのは中学生の頃だったと思います。テレビで研ナオコさんが「泣かせて」を歌っているのを見て、この曲をちゃんと聴きたいと思ってCDショップに行って。初めて買ったCDが研ナオコさんのアルバムでした。

――そうでしたか。中学生だった中村さんはなぜ歌謡曲に心を揺さぶられ、ハマっていったんですか?

今だからわかることなんですけど、中学生の頃、家族や同級生や出会うほとんどの人と上手くコミュニケーションがとれていなくて、フラストレーションが溜まり続けていて、それをぶつける場所というか、気持ちの拠り所になったからだと思います。悩みとか、苛立ちとか、嫌がらせを受けていたりして、そういうことから解放されたいとか、どうして他の誰かじゃなくて自分が嫌がらせを受けなくちゃいけないんだとか、そういう怒りや憎しみの感情に囚われていて、そういう気持ちを赦(ゆる)してくれたような感覚になったんです。それこそ、力の弱い自分だったらどうやったら仕返しができるかな、とか考えてしまったことすらも赦されるような感覚。研ナオコさんのアルバムには小椋佳さんが書かれた「泣かせて」や、中島みゆきさんが書かれた「かもめはかもめ」が入っていました。それらを聴いたとき、歌の主人公とおぼしき人が自分の苦しさを吐き出しているかのように聴こえて。当時の自分にしっくりきたんですね。こういう形でなら自分の苦しさを吐き出すことができるかもしれないなと思って作詞をするようにもなりました。

――そうして、その後の中村さんの人生を左右するものになっていった。

「泣かせて」や「かもめはかもめ」はいまでも心の拠り所、自分のバイブルみたいなものなんですよ。例えば「かもめはかもめ」の《あきらめました》という歌い出し。諦めないと生きていられなかった気がするから。理想と現実は違いすぎて、諦めなきゃいけないこともあるんだと思っていたから、当時のそういう感情とこの歌がマッチしたんですね。孔雀や鳩になれなくて、人を喜ばせられなくても、群れていられなくても、ひとりで海をゆくのがお似合いであるという。かもめはかもめなりの居場所があるというのが、自分にとってしっくりきたんです。

■ゾッとすることを楽しんでもらいたい。ショック療法的な元気の出し方をライブでやりたいと思ったのが今回の企画の一番の理由です。

――では、ここからは再び今回の公演のほうに話を戻していきたいと思います。セットリストはどんなものになりそうですか?

ゲストの一青窈さんの選曲とのバランスも含めて考え中ですが、昭和歌謡好きなら一緒に盛り上がれる名曲から、“そこに手を出したか”というニッチな曲まで色々選曲しています。あと、一青窈さんも私も舞台や映像で芝居を経験しているので、ある曲にちなんだ劇中劇を歌の導入にしようかと考えてもいます。

――それもまた面白そうですね。セットリストは歌謡曲のカバーだけで構成する予定ですか?

いえ。一青窈さんや私のオリジナルもあります。

――今回、ゲストに一青窈さんを呼んだ理由は?

デビューしたばかりの頃から、一青窈さんには公私ともにお世話になっていて。出会って15年以上経つんですけど、一昨年リリースされた一青窈さんのアルバムに「あひるの涙」という曲を書かせていただく機会があって。今回のライブの企画も丁度していたところだったので、これは縁かな?と思ったのがきっかけですね。一青窈さんも歌謡曲に詳しいので。

――ということは、ステージ上で2人の歌謡曲談義なども。

するかもしれないです。

――歌のコラボレーションは?

あると思います。

――おぉー! ということは、通常のワンマンライブとはかなり違うものになりそうですね。

オリジナル曲以外のものがライブの大半を占めるのは初めてなので、そういう意味では違うものになりますね。一青窈さんとの共演も楽しみです。

――カバーする曲のアレンジはどなたがやるんですか?

編曲は私がやります。

――現時点で、中村さん自身はどんな曲を歌いたいと思ってらっしゃいますか?

まだ選曲中ですが、自分が聴いたときに驚きがあった曲を選ぼうと思っています。例えば、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」。この歌は、大切な人が自分のもとから去っていった歌で。そういう状況になった寂しさを歌う曲はたくさんあるんだけど、そういうときに、さて“あなたならどうする?”と問うてくる。歌のなかで完結するんじゃなく、聴き手に問いかけてくるところに驚きました。

――ほほぉー。言われてみれば。

あくまでも音楽は音楽だと一線を引いて聴いている人がいたとしたら、その境界を曲のほうが超えてくる。その構造が面白くて感動しました。感動したときにも鳥肌が立つのですが、そういう意味でもゾッとした曲を選曲できたらと思っています。

――『歌サス』公演、みなさんにはどんな風に楽しんでもらいたいと思っていますか?

ゾッとすることを楽しんでもらいたいというか。ゾッとするという表現を、感動したり驚いたり恐怖を感じたりするイメージで使っているんですけど、そういう体験って生命力を刺激すると思うんです。感動したときの心地よさもそうですけど、怖い思いをしたとき、自分を守ろうとするときにこそ、自分が生きていることを意識するというか、心臓がドキドキして生命力が沸き立つ感じがして。そういうショック療法的な元気の出し方をライブでやりたいと思ったのが今回の企画の一番の理由です。気持ちが落ち込む出来事が多いですから、やっぱり元気になりたかったんだと思います。

――ショック療法で元気、生命力を感じさせるライブにしたいと。

はい。そういうことです。

――すごい…それこそ中村 中にしかできないライブという気がします。ますます楽しみになってきました。そして、これは最後に確認なんですが。今回が第一回ということは、今後第二回も。

やりたいのでこのタイトルをつけました。

取材・文=東條祥恵

関連タグ

関連タグはありません

オススメ