「オズの魔法使い」。横浜F・マリノスのハリー・キューウェル監督(45)は現役時代そう異名を取った。見る者を魅了するボールテクニック。その「マジック」はアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)という厳しい勝負の中で生きている。1月に監督に就任すると最初のミーティングでこう発した。

「ACLを取れるチャンスが今、目の前にある。絶対に取りに行きたい」

「人生の中でこういうチャンスはそうそう訪れることはないから、この瞬間を楽しもう」

名門リバプールで04-05年の欧州CLを制している。世界中のプロ選手が憧れる大会こそが「チャンピオンズリーグ」。アジアに舞台が変わっても思い入れは強い。その指導術は選手目線。勝負を楽しめ-。繰り返し選手にこう伝える。

「いい選手は笑ってプレーしている。笑顔を見せながらサッカーをしてほしいとよく言うんです」とは宮市の証言だ。プロの世界では想像以上の心理的重圧がかかる。ミスはできない。そんな心境に拍車がかかる。だからこそ自身の経験から気持ちを解きほぐす。10年間も欧州で戦った宮市をして「なかなかそういう言葉って監督から聞いたことはなかった。僕ら選手もちょっと肩の荷が下りるというか、本質であるサッカーを楽しまないといけないなと考えさせられる」。

ACLの決勝トーナメントはどれも紙一重の勝利だった。特に準決勝の蔚山(韓国)戦は前半にDF上島が退場となり、10人で延長戦まで戦い抜いた。防戦一方の中で耐え、PK戦で競り勝った。厳しい状況だからこそ、逆に楽しもうとする心理面が勝負を左右した。水沼はこう証言する。

「やってやろうぜ、みたいな。楽しいという気持ちがあった。向こうの選手は顔がこわばっている感じがした。監督のアプローチが違ったんじゃないかな。楽しもうと言われて振る舞いが違った」。PK戦4人目、水沼は楽しくて仕方がないというように「にやけた感じで」ゴールを決めた。

水沼が続ける。「ハリーはCLを取っている。難しいけど、めちゃくちゃ楽しいもんだよ、と指導者というより選手目線で伝えてくれる。楽しむことが一番なんだと。それはアンジェ(ポステコグルー監督)とかケビン(マスカット監督)と違っている」。

欧州1部リーグで監督経験はなく、当初は指導手腕に疑問符も付いた。だがふたを開けてみれば抜群の勝負師ぶり。決勝の相手アルアイン(UAE)は手ごわいが、恐れることはない。横浜には「魔法使いハリー」がいる。【佐藤隆志】

◆ハリー・キューウェル 1978年9月22日生まれ。オーストラリア・ニューサウスウェールズ州出身。リーズ、リバプール、ガラタサライなどで活躍。オーストラリア代表でW杯に2度出場。国際Aマッチ通算58試合17得点。指導者ではワトフォードU-21ヘッドコーチを皮切りに、イングランド4部のクローリータウン、ノッツカウンティ、地域リーグのオールドハムアスレティック、バーネットで監督を務める。その後、スコットランドの名門セルティックのコーチを経て今季から横浜監督。