「おんがくはまほう」ってホント？　N響コンマス「まろ」に聞く

　「音楽は人類最強のコミュニケーションツール」だと、バイオリニストの篠崎史紀さん（61）は言う。「まろ」の愛称で親しまれ、NHK交響楽団（N響）の顔でもある。ネット交流サービス（SNS）全盛の時代にあって、そう言い切れるのはなぜなのか。不思議な愛称のわけは、初めての絵本に込めた思いは……。気になるあれこれを、たっぷりと語ってもらった。

ちゃめっけたっぷり、ゴジラに夢中

　篠崎さんは1997年からN響のコンサートマスター（コンマス）として活動する。演奏前のチューニング（音程合わせ）から楽団全体の統率、指揮者と楽団員をつなぐ役割まで、重責を担う。観客席から見て最前列、指揮者のすぐ左側が定位置だ。

　役割をきっちりと果たしつつ、軽妙な語り口で音楽への思いを伝えることもある篠崎さんの姿は、テレビなどで目にした人も少なくないのではないか。

　東京・渋谷のバイオリン専門店「ミュージックプラザ」を訪れた篠崎さんは、首にぶら下げたカード入れにゴジラのカードをしのばせて「僕らの世代はゴジラに夢中でしたから」と無邪気に笑う。

　演奏会のプログラムに「Fuminori　Maro　Shinozaki」と表記するなど、普段からちゃめっけたっぷり。この原稿では、親しみを込めて「まろさん」と呼ばせてもらおう。

人種や宗教を超える「まほう」

　4月に刊行した絵本「おんがくはまほう」は、まろさんが文章、村尾亘さんが絵を担当した。

　新しい街に引っ越してきたネコの「マロ」が、出会った動物たちに魔法を使って楽器をプレゼントし、みんなで演奏する。だんだんと仲間が増えていく――というあらすじだ。ふんわりとしたタッチで描かれた動物たちが愛らしい。

　「歴史を振り返ると、人間は、宗教と人種の違いで争ってばかり。でも音楽をやっていると、人種とか宗教の壁があっても友達になれるのよ。それで世界が平和になればいいなって。子どもは想像力が豊かで面白いこと考えるから、何か感じてくれるかなと思ったんだよね」。まろさんはそう説明する。

役者絵と勘違いが生んだ「まろ」

　バイオリンの幼児教育や演奏に携わる両親の下に生まれ、物心がつくと、子ども用に作られた小さなバイオリンで遊ぶように。「『練習しなさい』と言われたことはない。ただ『音楽をやっていると世界中に友達ができるよ』と聞いて育った」という。

　小学校時代はヤモリなどを筆箱に入れたり、カブトムシの幼虫を「モスラ」と呼んでプラスチックの食品保存容器に詰めたり。

　不思議なあだ名が付いたのも小学生の頃だ。歌舞伎役者を描いた「役者絵」に似ていると、友達に言われたのだ。作者は江戸時代の浮世絵師、東洲斎写楽。だが、友達は喜多川歌麿と勘違いして「今日から『うたまろ君』ね」と言い出し、「まろ」の2文字だけが残った。

　まろさんは高校を出てオーストリア・ウィーンに留学して以降、ミドルネームを尋ねられると自ら「まろ」と伝えるようになった。

　「ヨーロッパでは『しのざき』も『ふみのり』も発音しづらいようで。『まろ』は響きが受け入れやすかったみたいです」と振り返る。

黒服のKGBが演奏会に

　留学先で出会う人は、その出身地も、抱える事情もバラバラだった。「それでも、音楽を演奏していて、宗教や人種が違うから『あいつとはやれない』なんてことはなかった」とまろさん。

　当時は米ソ冷戦のまっただ中。見慣れない黒服を演奏会で見かけて「KGB（旧ソ連の情報機関、国家保安委員会）だよ」と教わったこともあった。

　留学する前は、地元の北九州市でオーケストラに入っていた。「周りのおじさんたちとしゃべっても全然話が通じないのよ。でも、10代のガキと60代のおじさんでも、ベートーベンの曲を前にすると、会話できる」

　人種も宗教も世代も乗り越えられるのが音楽の力、ということか。でも、なぜそんなことが可能なのだろう。

　「それは作曲家という人がいて、その作曲家について調べ、全員で一つのことを追い求められるから」とまろさんは言う。

音楽がもたらした出会い

　そうはいっても、世界情勢は命の奪い合いを巡る話が絶えない。戦争と平和について水を向けると、まろさんは、2人の人物との出会いを振り返った。

　1人目は16歳でザルツブルク音楽祭に参加した際、宿舎の修道院で出会ったおじいさんだ。

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