元鐘紡社長・伊藤淳二さん死去 99歳 墜落事故後、日航会長に

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カネボウ元社長の伊藤淳二さん=2004年5月25日、松田嘉徳撮影 拡大
カネボウ元社長の伊藤淳二さん=2004年5月25日、松田嘉徳撮影

 鐘紡(2001年にカネボウ、07年解散)で社長や会長を務め、日本航空会長にも就いた伊藤淳二(いとう・じゅんじ)さんが、21年12月に死去していたことが16日分かった。99歳だった。

 1948年に慶応大経済学部を卒業後、鐘淵紡績(71年に鐘紡)に入社。68年に45歳の若さで社長に就任し、繊維・化粧品・薬品・食品・住宅関連の5事業を展開する「ペンタゴン(五角形)経営」と呼ばれた多角化路線を進めた。社長就任5年目に繊維業界で売り上げトップとなり、化粧品は国内2位となった。84年まで社長を務め、会長を退任する92年まで24年にわたって経営に関与した。

 85年8月の日航ジャンボ機墜落事故後、日航の立て直しを当時の中曽根康弘首相に要請され、86年6月に鐘紡会長と兼務で日航会長に就任。しかし、労務政策を巡り日航内外から不協和音が起こり、87年3月に辞任した。山崎豊子さんの小説「沈まぬ太陽」に登場する航空会社会長のモデルとされる。

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