財布の中までチェック 試行錯誤続く要人警護 岸田首相襲撃1年
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岸田文雄首相に爆弾が投げつけられた1年前の事件では、警護態勢の甘さが浮き彫りになった。聴衆のチェックは十分ではなく、手荷物検査も実施していなかった。警察幹部は「ささいな失敗も許されない」とし、要人警護の現場で試行錯誤が続いている。
20人以上の警察官が不審な動きに目を光らせている。島根県雲南市の屋外駐車場で3月31日にあった演説会。衆院島根1区補選を控え、自民党の小渕優子選対委員長が訪れていた。
集まった約30人の聴衆らはまず、ハンディー型の金属探知機で手荷物検査を受け、「検査済み」を表す小さな丸いシールを衣服に張られた。小渕氏がマイクを握る位置から約10メートル離れたところに囲いが設けられ、聴衆らはその内側に誘導されて演説に聴き入った。
これらの対応は2023年4月15日、和歌山市の漁港で起きた事件の反省を踏まえている。衆院和歌山1区補選で自民党候補の応援演説に来た岸田首相に向け、木村隆二被告(25)=殺人未遂などの罪で起訴=がパイプ爆弾を投げつけたとされる。
屋外であった演説会では、党県連側が警察との事前打ち合わせで「聴衆は県連や地元漁協の関係者のみ」と説明したことから、受け付けや手荷物検査は実施しないことになった。演台と聴衆エリアの間で約5メートルの間隔が設けられたが、会場の出入り管理は甘く、木村被告は素通りで聴衆に紛れていた。
警察庁は検証報告書で「警護計画は実効的な安全確保措置を盛り込んでいなかった」と総括。屋内の演説会場を優先的に選び、聴衆との距離を十分に確保することに加え、手荷物検査の一律実施などを打ち出した。ただ、警戒を強める警察側の要請は時に反発を呼ぶこともある。
同じく島根1区補選に絡み、こんな場面があった。松江市内のホテルで3月20日、自民党の茂木敏充幹事長が参加した会議があった。出席者は党の関係者数十人に限られていたが、警察官が金属探知機で手荷物の検査をしていたところ、男性県議が声を荒らげた。
警察側は「検査する限りは徹底する」とのスタンスで、財布の中身を見せるよう求めていた。刃物などの危険物をチェックするためだが、この県議は「検査自体に異を唱えるわけではないが、僕らは顔が知られている。財布の中まで見る必要はなく、非常に不愉快だ」と取材に訴えた。
16日告示の衆院補選は島根のほか、東京、長崎も舞台になる。全国規模となる衆院解散・総選挙もささやかれる中、関西地方の警察幹部は「警戒しすぎるということはないが、手荷物検査などに理解を得られないと意味がない。そのバランスは今後も課題になる」と語る。事件を許した和歌山県警幹部の表情は険しい。「主催者側との連携不足は反省しており、もう失敗は許されない」
どこまで警戒すべきなのか。テロ対策に詳しい福田充・日本大危機管理学部教授は「安全の確保と自由・人権を両立させるのは難しい」としつつ、「現場での臨機応変な対応だけでは事件は防げない。一律で厳格な要人警護のルールを設ける必要があり、国民を巻き込んだ議論を進めるべきだ」と指摘する。【松原隼斗、目野創、安西李姫】
きっかけは安倍元首相銃撃事件
要人警護の仕組みが変わったのは、奈良市で2年前に起きた安倍晋三元首相の銃撃事件がきっかけになっている。警察庁は各地の警護計画を全てチェックするほか、人工知能(AI)を使ったシステムを導入するなど対策を進めている。
銃撃事件を受け、警察庁が審査した警護計画は3月末までで約5600件に上る。警戒の強化に政治家側の理解も進んでいるとされるが、2023年10月の国政選挙では政党側から示された演説場所を事前に点検した結果、より安全性を高めるために別の場所に変えたこともあったという。
警察庁は演説などが見込まれる場所の安全性をあらかじめチェックする「予備審査」も進めており、対象は500カ所に上っている。不審者が銃を取り出すなどの異変をAIで検知するシステムや、演説会場を立体的な3Dデータにして警護計画の立案に役立てることも一部の警察で導入している。
ただ、岸田文雄首相と安倍元首相が標的となった事件では、組織に属さずにテロ行為に及ぶ「ローンオフェンダー」(単独の攻撃者)が起こしたとされる。全国の警察は普段からインターネット上の投稿などの監視を強めているが、動向をつかむのは容易ではない。
警察庁の露木康浩長官は11日の定例記者会見で「襲撃を許すことは二度とあってはならない。一つ一つの事例から得られる教訓を踏まえて不断の見直しが必要だ」と述べた。【山崎征克、二村祐士朗】
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