「日本のライト兄弟」軌跡たどる200点 親族が資料寄贈 三重

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貴重な写真資料を寄贈した玉井勝則さん(右)=三重県四日市市立博物館で2024年3月27日、松本宣良撮影
貴重な写真資料を寄贈した玉井勝則さん(右)=三重県四日市市立博物館で2024年3月27日、松本宣良撮影

 民間飛行機の黎明(れいめい)期に飛行家として活躍し、「日本のライト兄弟」とも呼ばれる、三重県四日市市出身の玉井清太郎、藤一郎兄弟に関連する資料が27日、兄弟の親族から、市立博物館に寄贈された。二人の足跡をたどる上で貴重な写真も含まれており、博物館は「兄弟の業績や空にかける思いを多くの市民に伝えていきたい」としている。

 兄の清太郎(1892~1917年)は空に舞い上がる竹とんぼにヒントを得て飛行機の研究に着手し、自ら主翼1枚の単葉機を組み立てた。現在の羽田空港がある場所に、飛行士を養成する「日本飛行学校」を開校後、自作の主翼2枚の複葉機を操縦中に墜落死した。弟の藤一郎(1894~1978年)は自ら設計した複葉機「青鳥(せいちょう)号」を完成させ、郷里の四日市で亡き兄の「追善飛行」を成し遂げた。

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