「いつ死んでもいいと思っていた」 福祉専門官が変えた受刑者の意識

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
横浜刑務所の福祉専門官の箱崎ひろみさん=横浜市港南区で2024年1月26日、園部仁史撮影
横浜刑務所の福祉専門官の箱崎ひろみさん=横浜市港南区で2024年1月26日、園部仁史撮影

 刑務所の中で受刑者の社会復帰を専門とする福祉専門官は、どんな思いで手を挙げたのだろう。2023年4月に横浜刑務所に入職した箱崎ひろみさん(51)は約30年にわたり、病院や高齢者施設で介護士や社会福祉士、ケアマネジャーとして働いていた。

 だがこうした施設では、さまざまな事情で残り続ける人や、福祉サービスからこぼれ落ちて倒れて救急車で運ばれてくる人に遭遇した。11年の東日本大震災の時もそうだった。東京都内に設置された避難所で社会福祉士のボランティアを務めた時、身寄りがある人はすぐに出て行ったが、「身寄りがなかったり人との関わりを拒んだり、結局はそういう人が残っていた」と振り返る。

 やるせない思いが重なり、「社会から孤立してしまう人の助けになりたい」と考えるようになった。福祉専門官を公募していた横浜刑務所に履歴書を送ったのは「出所後に再び孤立し、罪を犯すことがない環境作りをしたい」と思ったからだ。

この記事は有料記事です。

残り789文字(全文1191文字)

あわせて読みたい

アクセスランキング

現在
昨日
SNS

スポニチのアクセスランキング

現在
昨日
1カ月