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MSJ開発頓挫の国産旅客機に経産省が5兆円投入で再挑戦…意義と成否を検証

文=Business Journal編集部、協力=橋本安男/航空経営研究所主席研究員
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MSJの機体(「Wikipedia」より/CHIYODA I

 経済産業省は、官民合わせて5兆円を投資して我が国の旅客機の開発を進める計画を固めた。旅客機といえば、三菱重工業が足かけ20年、総額約1兆円もの資金を投入し開発を進めたものの、昨年に開発中止が決まった「三菱スペースジェット(MSJ、旧MRJ)」の例が記憶に新しい。今回、経産省は三菱重工業や自動車メーカー、海外メーカーを含める複数の企業による共同開発を進め、35年以降の水素エンジン型旅客機などの事業化を目指すとしているが、国の型式証明(TC)を取得することができるのか、さらには世界市場で採算が確保できるほどのシェアを確保することができるのか、疑問の声も広まっている。専門家に見解を聞いた。

 日本には旅客機の完成機メーカーがなく、以前から国内航空産業の発展のためにその必要性が唱えられていた。2003年に三菱重工は旅客機事業が経産省の助成事業に採択されたことを受け開発を始め、08年に開発子会社の三菱航空機を設立。国も500億円の支援をすることを決め、13年の「三菱リージョナルジェット(MRJ)」(のちに「三菱スペースジェット(MSJ)」)初号機納入を目指していたが、開発は思うように進まず、最終的には計6回の納期延期を行うことになった。

 行き詰まった末に16年頃からは自前開発の方針を転換し、外国人技術者を積極的に採用し、18年にはカナダ・ボンバルディア出身のアレクサンダー・ベラミー氏をCDO(最高開発責任者)に任命。だが日本人技術者と外国人技術者の軋轢が強まり、開発は遅延。18年には三菱航空機は1100億円の債務超過に陥り、三菱重工が2000億円規模の金融支援に踏み切る。19年にはボンバルディアから小型機「CRJ」の保守・販売サービス事業を5億5000万ドル(590億円)で買収することで同社と合意するなど、大きなリスクを背負ってまで開発を成功させる姿勢をみせていた。

 だが、20年3月期には三菱航空機は再び4646億円の債務超過に陥ることに。スペースジェット関連の損失額は1200億円となる見通しとなり、三菱重工の20年4~6月期の決算はスペースジェット事業の損失が688億円生じたことが影響し、最終損益が同四半期で同社最大となる579億円の赤字に陥り、スペースジェット事業のリストラを敢行。三菱航空機の従業員の9割削減、海外3拠点の1カ所への集約、ベラミーCDOの退任などを発表。同年10月には開発の事実上の凍結を発表した。

 そして23年2月には、TCを取得するには年間約1000億円をかける必要があり、TC取得のメドがたたないとしてMSJ事業からの撤退を表明した。

我が国による旅客機開発の意義

 その旅客機開発に日本は再チャレンジをする。経産省は35年以降の事業化を目指し、今後10年で官民合わせて5兆円を投資する計画を固めた。三菱重工や部品メーカー、自動車メーカー、海外事業者などが共同で開発する。現在主力となっているジェットエンジンとは限らず、水素エンジンやハイブリッドエンジン駆動も視野に入れつつ、旅客機を開発する。

 なぜ政府は巨費を投じてまで国産旅客機の開発にこだわるのか。航空経営研究所主席研究員で桜美林大学客員教授の橋本安男氏はいう。

「航空宇宙産業の国内市場規模は約2兆円であり、60兆円を超える自動車産業に比べるとはるかに小さいですが、先端技術であること、産業の裾野が広く波及効果も大きいことから、経産省としては、その拡大を強く志向してきました。象徴が悲願の国産ジェット旅客機・MRJ/MSJの開発でした。

 旅客機開発の大きなハードルが型式証明の取得です。その審査を行う日本の国土交通省航空局も米国の連邦航空局(FAA)も、型式証明について詳細な基準を設けているものの、その基準を満たしていることの証明の方法は示されていません。メーカー側がさまざまな試験やデータを使って安全性を証明する必要があるため、型式証明の取得には極めてテクニカルな特殊なノウハウが必要となってきます。その経験とノウハウが少ない三菱航空機はボーイングのOBなど海外技術者を入れてアドバイスを受けましたが、現場の日本人技術者の反発もあり、うまくいきませんでした。

 結果的にMSJは型式証明を得られないまま頓挫したのですが、3900時間もの飛行試験を経て、型式証明取得まで8割方進行し、あと何千億円か支出できれば取得にこぎ着けるところまで来ていたといわれています。つまり完成一歩手前で、民間企業として『お金が尽きた』ということです。

 MSJ開発では多くの教訓を得たので、10年で5兆円投じても国内の航空宇宙産業の市場規模を倍増できるのであれば、10~30年という長い目で見れば、旅客機開発の意義はあるというのが経産省の考えでしょう。しかし、その背景に踏み込めば、このまま何もしなければ、日本の航空産業は、成長どころか衰退の一途をたどってしまうという危機感の現れということもできるでしょう。

 また、再び同じ過ちを犯す、すなわちMSJの二の舞になる可能性もあるので、MSJ失敗の要因を徹底的に洗い出したうえで、同じ轍を踏まない戦略が求められます」

開発は成功するのか

 では、この開発はTC取得、そして事業化に成功する可能性は高いと考えられるのか。

「MSJは三菱重工1社に開発を託し、かつ国産にこだわったことが大きな失敗要因であったため、今後の旅客機開発は海外の有力航空機メーカーを含めて複数の企業で共同開発するのが自然の流れです。海外大手との共同開発によって、TC取得、事業化成功の可能性が高まるのは事実です。経産省は、2035年以降の次世代航空機開発に国際共同で参画するというロードマップを描いています。しかし、現状のまま参画しても、海外大手メーカーと対等に伍してはいけず下請けに甘んじることになりかねません。そこで、2035年までに、(1)大手航空機メーカーとの協業のなかで少しでも上流工程での参画を追求し、(2)小規模の事業では主導する立場を確立する、という2つのアプローチによって能力と事業基盤を飛躍的に成長させることをロードマップの前提に置いています。とはいえ、これら2つのアプローチ自体、容易なものではなく、シナリオ通り行くかは不透明です。

 また、海外を含む複数企業で共同開発することでリスクは分散されますが、これはイコール責任の分散でもあります。かつて、我が国の戦後最初の旅客機YS-11では、複数企業の大所帯がゆえに責任の所在がはっきりせず、ビジネスとしてうまくいかなかった苦い経験があります。将来の旅客機開発では、共同開発下での責任体制をどう構築するかが大きな課題となり、経産省の手腕が問われます。

 一般に、日本のメーカーは『ものづくり」にはたけていますが、それをビジネス化する際の周辺のノウハウに欠けている場合が少なからずあります。MSJもその典型で、型式証明のノウハウ等がなかった結果、事業コストが当初の7倍にも膨らみ、撤退の憂き目にあいました。今回経産省が発表した戦略指針でも、『開発のみならず安全認証やマーケティング等も含めた総合的な事業実施能力が不可欠」としており、この『総合的な事業実施能力』のことを『インテグレーション能力』と呼んでいます。しかし、このインテグレーション能力は一朝一夕に身につくものではなく、長期的課題であり大きなハードルといえるでしょう」(橋本氏)

水素を燃料とする旅客機の開発になるのか

 次世代航空機とは水素燃料で飛ぶ航空機なのか

「確かに、水素燃料航空機は、2050年のカーボンニュートラル実現には不可欠なセグメントです。また、まだまだ開発途上なので、日本として参入する余地はあるし、逆に言えば、水素燃料航空機こそ日本に残されたターゲットかもしれません。しかし、2035年以降の次世代航空機開発が水素燃料航空機になるかどうかは、まだわかりません。ボーイングはもともと今後の新機材はSAF(持続可能航空燃料)をベースに開発する方針です。一方のエアバスは、水素燃料航空機の構想をローンチし、2035年をターゲットにさまざまな基礎テストを行っています。ところが、エアバスは最近になって現行の主力機『A320シリーズ』の後継機は水素燃焼型ではなくSAFをベースとするとしており、水素燃焼型の開発は35年より後ろにずれ込む可能性もあります。

 水素燃料航空機には、2つのタイプがあります。一つは、小型機(100席以下)で水素燃料電池の電力でプロペラやファンを駆動し推力を得るタイプです。今後、日本が共同開発で参入する場合、水素燃料電池車『MIRAI』や水素燃焼型レースカーを開発したトヨタ自動車の知見が活用できる可能性があります。ただ、この分野では、世界ではかなり進んでいて、現行のターボプロップ機(70人乗り)を改造するかたち等で、すでにテスト飛行が行われています。

 水素燃料航空機の2つ目のタイプは、水素を化石燃料の代わりに燃焼するタイプで、推力が大きいのでナローボディ機(150~250席)から中型のワイドボディ機(300席)まで実現が可能です。ただし、液体水素を貯蔵する大型タンクや、水素を燃焼するジェットエンジンの開発には時間がかかります。

 加えて、空港も含む社会インフラが水素供給に対応できる必要があり、高いハードルとなります。水素燃料航空機への参入に当たっては、航空機自体の技術的な精査に加え、車を含む産業全般と社会インフラ全体の動向の精査を十分行う必要があります」(橋本氏)

 そして現実的な解、着地点について橋本氏は次のようにいう。

「日本が今から単独で旅客機を開発して世界市場で一定のシェアを確保するというのは、事実上不可能です。そのため、最終的には海外の大手航空機メーカーと共同でSAFベースあるいは水素燃料ベースの新型ナローボディ機を開発するかたちや、小型の水素燃料航空機の分野で日本メーカーが高い技術力を持って存在感を示すかたちになるのが現実解かもしれません」

橋本安男/航空宇宙評論家、桜美林大学航空・マネジメント学群 客員教授

橋本安男/航空宇宙評論家、桜美林大学航空・マネジメント学群 客員教授

日本航空で、エンジン工場、運航技術部課長,米国ナパ運航乗員訓練所次長,JALインフォテック社部長,JALUX社部長,日航財団研究開発センター主任研究員を歴任。
2008年より桜美林大学客員教授。
2012~20年に(一財)運輸総合研究所 客員研究員
2015年より航空経営研究所主席研究員
著書「リージョナル・ジェットが日本の航空を変える」で2011年第4回住田航空奨励賞を受賞。
東京工業大学工学部機械工学科、同大学院生産機械工学科卒

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