■連載/ヒット商品開発秘話
寿司と並ぶ和食の代表といえば天ぷら。衣がサクっとした揚げたてのウマさは格別だが、家庭ではつくりづらい。大量の油を使う上に調理後の油の処理など後片付けが面倒だからだ。
気軽とはいかない天ぷらづくりを簡単にしたことで好評を博しているのが、昭和産業の『もう揚げない!!焼き天ぷらの素』(以下、焼き天ぷらの素)。2022年9月に発売され、2024年7月末時点での販売数が200万個を超えた。
水と『焼き天ぷらの素』を混ぜ合わせてつくった生地に具材を絡ませてから、大さじ3杯程度の油を熱したフライパンで焼くだけ。少量の油で焼くので、調理が終わったらキッチンペーパーでフライパンを拭き取るだけで後片付けが完了する。
天ぷらを少量の油で焼いてつくれるようにした昭和産業の『もう揚げない!!焼き天ぷらの素』。1袋の内容量は120グラムで、大さじ3杯程度の油で2~3人前の天ぷらが調理できる。後片付けはキッチンペーパーでフライパンを拭くだけと簡単
家庭用商品で重要なことはお客様の不満解決
企画・開発されたのは発売の1年ほど前。家庭での天ぷらづくりに関して不満の声が多く聞かれたことが背景にあった。多かった不満は、大量の油を使う、使い終わった油の処理が面倒、キッチンが汚れる、といったものである。
「天ぷらが好きな人は多いと思いますが、その割には家庭であまりつくられません。その理由を調べると、大量の油を使うことから油の処理が面倒になることなどに不満があることがわかりました」
このように話すのは開発を担当した水島徳大さん(開発センター家庭用グループ)。少ない油で天ぷらがつくることができれば大部分の不満を解消できると考えた。
ただ、同社にとっては食用油も主力商品である。油の消費量を抑える商品に対し異論は出なかったのであろうか? 当時の心境を水島さんはこのように振り返る。
「当社は油も扱っていますし世界で初めて天ぷら粉を発売した天ぷら粉のパイオニアです。確かに油を減らす天ぷら粉を開発することに不安はありました。ただ、お客様の不満を解決する商品を出すことは家庭用商品でとても重要なことです。上司や当時の社長(新妻一彦前社長)から『新しいことにどんどんチャレンジしてほしい』と声をかけてもらったので自信をもって開発を進めることができました」
実際、営業部門はどう捉えていたのか? マーケティングを担当する井村まみさん(セールスプランニング部マーケティンググループ)は次のように話す。
「家庭用商品を扱う営業部門は食用油だけではなく小麦粉や天ぷら粉など様々な商品を提案するので、油が売れなくなるから困るといった反応はありませんでした。どちらかといえば、そんなに少ない油で天ぷらがつくれるのは凄いという反応のほうが多かったです」
昭和産業
開発センター家庭用グループ 水島徳大さん
セールスプランニング部マーケティンググループ 井村まみさん
揚げたて同様のサクサク食感を焼いて再現
『焼き天ぷらの素』のパッケージ裏面には原材料がこのように表示されている。
小麦粉(国内製造)、でん粉、食塩、卵黄粉(卵を含む)/乳化剤、ベーキングパウダー、カロテン色素
特別な原材料は使われていない。それでもわずかな油で天ぷらがつくれるのは原材料の配合を工夫したことと、小麦粉やでん粉、ベーキングパウダーを選定したからであった。
天ぷら粉のパイオニアとして長年蓄積してきたノウハウと、ホットケーキミックスやお好み焼粉のように焼いてつくる商品のノウハウを生かして開発を進めたが、配合試験は100回以上繰り返し実施した。原材料単体でも小麦粉で約10種類、でん粉で約20種類、ベーキングパウダーで10種類以上を試し最適なものを選んだ。
「たくさんの油を使って揚げる天ぷらと違い具材と油の接している面が小さいので、サクサクした食感を出すのは大変でした」と水島さん。目指した食感を実現するため、火抜け(火が通っていない生のところに熱が伝わること)が良く、硬すぎず柔らかすぎないものにする原材料の配合バランスを実現するのは簡単ではなかった。衣がつきすぎて厚くなると火が通りにくくなり、逆に薄すぎると目指した食感が実現できないことから、具材への衣のつき具合も適度になるよう考慮しなければならかった。
本来であれば2022年3月に発売する予定だったが、半年延期することになった。「いいものを発売したかったので、発売を遅らせてでも開発を継続することにしました」と水島さん。現在発売されているものの完成度を100とすると、3月に発売しようとした場合の完成度は70か80あたりだった。「開発だけではなく営業などのいろいろな人の意見を聞いて、やる気を高めてもっといいものをつくることにしました」と水島さんは話す。
かき揚げも単品の天ぷらも1つの生地でつくれるようにする
開発当初に営業から挙がった意見の1つが、「短い時間でできるようにしてほしい」であった。現在販売されているものは6分程度焼くとできるが、開発スタート時は焼き時間を20分で想定。しかしコロナ禍で時短、簡便というニーズが顕在化したことから、完成までの時間を短縮することにした。
調理時間を短縮するに当たってはつくり方も見直した。現在と大きく異なるのは具材のカット方法。現在は単品の天ぷらをつくるのと同じ要領でカットするが、開発スタート時は火の通りを良くするために冷凍のミックスベジタブルのように細かくカットしてもらう想定でいた。しかし面倒で簡便とはほど遠いものだったことから、普通にスライスすることにした。
ミックスベジタブルのように細かく切ってもらうことを想定していたのは、かき揚げをメインに考えていたこともあった。だが、かき揚げだけではなく単品の天ぷらもつくれることが要望された。
かき揚げと単品の天ぷらの両方をつくれるようにするのは、簡単ではなかった。かき揚げは焼いている間に生地が下にたまってきてしまうが、下にたまらないように生地の粘度を上げると単品の天ぷらでは衣がつきすぎてしまう。かき揚げでも単品の天ぷらでも衣のつき具合が適度になる配合が求められた。
ヒットにつながったSNSのバズり
「前例のない商品でしたので、完成するまで行ったり来たりを繰り返しました。自分としては納得いかないところも多々あったのですが、実際にグループ会社含めた社員に使ってもらうことを3回ほど実施したらだんだんいい評価をもらうことができたので、商品が良くなってきていることは実感できました」
開発全体をこう振り返る水島さんだが、受け入れてもらえるかどうかの不安はなかなか拭えなかった。自信を持って発売したとはいえ内心はヒヤヒヤ。発売直後は少しでも売れることを祈っていた。
そんな不安は取り越し苦労でしかなかった。メディアやSNSで取り上げられたことがきっかけで、発売直後から好調に売れ続けていったからだ。とくにSNSでは商品に関する投稿が相次ぎ、商品の認知が急速に拡大した。
同社ではとくに目立った販促は行なっていないが、井村さんによればヒットするきっかけの1つになったXへのユーザーの投稿がある。その投稿は「キャンプめしに使えるじゃん」。バズったことでメディアでも取り上げられ、天ぷら粉を買ったことがない若年層に広まっていった。
キャンプめしでの活用は水島さんにとって想定外のこと。「少ない油でつくれるのでホットプレートで焼くケースは想定していましたが、キャンプでも使えることについてはSNSの投稿で気づかされました」と振り返る。
少量の油で焼いてつくるのでホットプレートでの調理も可能。食卓でつくったできたてを食べることができる
カニバリは起きず
購買層の特徴は、天ぷら粉を使ったことがない人も購入していること。既存の天ぷら粉の売上が落ちていないという。「もともと販売している天ぷら粉とのカニバリ(自社商品が他の自社商品の売上を侵食すること。カニバリゼーション[共食い]の略)が起きることなく売れています」と井村さん。カニバリの懸念はまったくなかったわけではなかったが、結果的に天ぷら粉を買ったことのない人に注目され新たな天ぷら粉ユーザーを獲得することになった。
また、他の天ぷら粉と違い野菜売場に置いてもらえるケースが増えている。通常の天ぷら粉は野菜売場に置いてもらえることが少ないが、初めて天ぷらをつくる初心者に手に取ってもらいやすいことから野菜売場に置いてもらえるケースが増えつつある。
取材からわかった『もう揚げない!!焼き天ぷらの素』のヒット要因3
1.簡便性向上による不満解消
大さじ3杯程度の油で2~3人前の天ぷらができ、後片付けはキッチンペーパーで拭き取るだけ。天ぷらづくりを簡便にしたことで天ぷらづくりの不満を解消することができた。
2.再現度が高い
少量の油で焼いてつくる天ぷらながら揚げてつくる本来の天ぷら同様、衣がサクサクした仕上がりになる。特徴をよく捉えており、揚げたて同様のものができる。
3.天ぷらづくりのハードルを下げた
天ぷらのような揚げ物は普段料理をつくらない人や料理初心者にはハードルが高い。しかし大さじ3杯程度の油で焼いてつくるので、誰でも簡単につくれる。ホットプレートでつくれたりキャンプめしづくりにも使えたりするほど、天ぷらづくりのハードルを下げた。
ヒットの勢いを持続させるためにも同社はプロモーションを強化したい考え。影響力の大きさを実感したSNSも積極的に活用するほか、井村さん個人は体験を通して良さを実感してもらうイベントを実施したいという。
なお、SNSでは山菜を使った焼き天ぷらがよく紹介されているが、水島さんがオススメする具材はピーマンやさつまいも。焼くためか、甘みが増した味わいになるそうだ。使う油が少ないので普段は油が汚れて試しにくいチーズやバナナといったものもトライしやすいという。
製品情報
https://www.showa-sangyo.co.jp/products/list/items.html?pdid1=17
文/大沢裕司