Adobe一強体制が続くクリエイティブ業界において、Affinityは長らく、高額なサブスクリプションを回避できる貴重な「買い切り」の代替ツールとして支持されてきました。そのAffinityが「Affinity by Canva」へとリニューアルし、完全無料化されたことで大きな話題となっています。そこで今回は「Affinity by Canva」の特徴や従来のバージョンとの違いなどを押さえた上で、プロユースのクリエイティブツールの完全無料化によって起こる今後の展望を分析します。目次「Affinity by Canva」とは? 基本仕様と従来版との違い
Affinity by Canvaの公式サイトTOPページAffinityが、2024年3月にCanvaによって買収されたことは前回の記事でもお伝えした通りです。今回リリースされた「Affinity by Canva」は、バージョン表記としては「Affinity 3.0」と位置づけられていますが、その中身は従来のAffinity V2をベースに、3つのアプリケーションの統合や機能強化、提供モデルの大幅な変更、そしてブランディングのリニューアルを行うことで、DTP作業におけるシームレスな連携を実現したアップデートです。 この点はしばしば誤解されがちですが、コア技術の多くはV2からの延長線上にあり、技術的には“V2の発展・統合版”という性格が強く、主眼は提供モデルとブランディングの大きな刷新に置かれていることを、まず認識しておきましょう。※参照URL:全く新しいAffinity:誰もがプロのデザインを無料で作成できるようになりました(Canva公式サイト)Affinityシリーズは、従来「Affinity Designer」(Adobe Illustratorに相当)「Affinity Photo」(Adobe Photoshopに相当)「Affinity Publisher」(Adobe InDesignに相当)といったように、それぞれの用途で独立したツールとして提供されてきましたが、「Affinity by Canva」でもそれぞれのツールは独立したアプリケーションとして機能します。
統合インターフェース内でツールを切り替えることが可能しかし、バージョン2から導入された「StudioLink」機能の強化により、「Affinity by Canva」の統合インターフェース内で、Designer、Photo、Publisherといったペルソナを各機能としてシームレスに扱えるようになりました。画面上部の切り替えタブでは、それぞれ「Affinity Designer」は「ベクター」、「Affinity Photo」は「ピクセル」、「Affinity Publisher」は「レイアウト」と表示され、共通のキャンバスで各機能を切り替えることができます。これにより、ツール間でオブジェクトをコピー&ペーストしたり、ファイルを読み込み直したりといった作業が不要になり、ワークフローが大幅に効率化されています。このようにDTP系の機能が統合されたワークフローで、軽量で高速なプロユースのグラフィックツールを実現している点は、Adobeにはない魅力と言えるでしょう。また、UIやクラウド連携など、運営元であるCanvaの要素が加わったのも大きなポイントです。
Mac版、Windows版の両方のOSで利用可能加えてMac版、Windows版の両方のOSで利用できるため、異なるOS間で同じソフトウェアを無料で利用できることも大きな強みになっています(iPad版もAffinity V2のロゴイメージが使われているがiPad版もPC版と同様に「Affinity by Canva」として無料提供されている)。一方で、Canvaアカウントとの連携が必須になったことで、単なる買い切りツールではなく、SaaS的な運用要素も加わったため、初回のアクティベーションや定期的なアカウント確認などネット接続が必要になります。通常の使用においてはオフラインでの基本的な作業も可能ですが、先日のAdobeの大規模な障害も、こうしたSaaS的な運用要素が要因と一つになっていたと考えられますので、この点はデメリットにもなりうるということは留意しておきましょう。本当に完全無料化なのか?
完全無料にする理由を説明する運営元Canva今回のAffinityの完全無料化には多角的な分析が必要であると感じます。私自身、前回の記事執筆のためにAffinity V2をトライアル期間中に試用しましたが、その後、本格的に業務で活用する機会はほとんどありませんでした。同様に、Affinity V2を試用・購入したにもかかわらず、仕事ではやはりAdobeを使用し、Affinityを使う機会はあまなかったというユーザーも少なくないのではないでしょうか。こうした背景を見ても、Affinityがユーザー拡大を目的にセールや無料トライアルキャンペーンを展開しても、プロ現場でAdobeの代替ツールとして定着することは困難であったことは、容易に推測できます。そのため、今回の完全無料化をポジティブな側面だけで捉えるのは早計です。上記のようなキャンペーンでは効果を得られないため、Adobeが築いた市場で存在感を確立するには「完全無料化」という大胆な戦略しかなかったと考えるのが妥当ではないでしょうか。また、Canvaは、何らかの方法でAffinityの事業を収益化する必要があります。Canvaアカウント連携を通じて、有料サービスへの誘導など課金ポイントが設けられる可能性があることは念頭に置いておきましょう。「Affinity by Canva」に関しての4つの可能性と課題前述の通り、Affinity by Canvaのコア技術の多くはV2からの延長線上にあり、機能面で大きな変更はありません。改めてその可能性と課題を考察します。1.印刷対応
Affinityに印刷入稿に課題があることは、前回の記事でもお伝えしたとおりです。しかし、近年ではX-1aやX-4といった印刷用途のPDF形式による入稿が主流になっています。完全データとして入稿データを作成する必要はあるものの、Adobeの生データを用いなくても入稿できる印刷サービスは増えています。PDFはAdobe開発ながらISO標準規格であり、Adobeが他ツールからの入稿を意図的に制限するリスクは低いでしょう。ただし、Adobe独自の拡張機能が他ツールで再現できない可能性もあるため、動向注視は必要です。
様々なPDF形式に対応するAffinityまた、すでにいくつかの印刷所でAffinity用の入稿ガイドラインを提供の動きがあります。例えば、プリントサービス大手の「グラフィック」では以前より、Affinity向けの入稿ガイドを提供しており、今回の無料化に際してもいち早くX(旧Twitter)にてAffinityでの印刷対応可能である旨を投稿していました。
大手プリントサービスのグラフィックが提供するAffinity向けの入稿ガイド加えて、Affinityの運営・提供元であるCanvaも、同様に印刷対応に課題を抱えていましたが、印刷EC事業なども行う「ラクスル」と連携するといった報道も伝えられており、Canvaの印刷対応が強化されることでAffinityの印刷対応も強化されていくといった相乗効果も十分に期待できる状況です。もちろん、Adobeの安定性には及びませんが、Adobe以外のデータで印刷入稿できる土壌ができつつあることは、歓迎すべきことだと思います。
ラクスルとCanvaの連携※参考URL:ラクスル、Canvaと戦略的パートナーシップ契約を締結(ラスクル公式サイト)2.ファイル互換性▶︎Adobe Illustrator→Affinity Designer
Affinity DesignerAffinity by Canvaは、Illustratorのaiファイル(PDF互換データを含む)を読み込むことは可能ですが、完全にすべての編集情報を保持したまま開けるわけではありません。しかし、ベクター描画のオブジェクトをコピー&ペーストでAffinity Designerに移すことは可能です。データ互換性という観点からは、特に従来バージョンから大きく進展はありませんが、同じく無料で使えるFigma Drawより印刷対応に優位性があり、今までのデータ活用という部分を考慮に入れなければ、十分にIllustratorの代替ツールになり得るツールです。▶︎Adobe Photoshop→Affinity Photo
Affinity Photo写真データをはじめとして、ラスター(ピクセル)画像のデータに関しては、かなりファイル互換性が高いと言えます。もともと、こうした画像編集ツールに関しては、Affinity以外にも無料ツールが多く提供されています。ただし、Affinityは本格的なレタッチが可能なプロユースの無料ツールですので、Adobe CCのフォトプランからAffinity Photoへ移行するクリエイターも少なくないと考えられます。▶︎Adobe InDesign→Affinity Publisher
Affinity PublisherAdobe系のクリエイティブツールの強みは、Figma Drawの記事などでも解説しましたが、代替ツールが登場しても、ファイル互換性と既存の資産活用という点で極めて高い離脱コストを生み出してきたことにあります。グラフィカルな要素は手間やコストをかければ移行可能な部分もありますが、Affinityの難点は、後述する縦書き非対応を含むテキストデータの互換性にあります。書籍の重版時などにおける、わずかなテキスト修正でも全体のレイアウトに影響を及ぼすため、印刷・出版業界はリスクを避けソフトウェア移行に極めて慎重です。かつてQuarkXPressからInDesignへの移行はありましたが、InDesignがデファクトスタンダードとして定着した期間は格段に長く、データ資産も膨大で、QuarkXPressとInDesign間の高い互換性もAffinityへの移行とは大きく異なります。また、ネット上で見られる意見は主にデザイナー視点であることも意識しておくべきポイントです。例えば、デザイナーがテキストを扱う場合、コピー&ペーストで流し込み微調整する役割が中心となることが多いですが、特に締め切りがタイトな定期刊行物の編集デザイン現場では、テキスト編集や入稿作業などの最終工程を編集者が担当するケースもあります。こうした出版業界で社員として働く編集者の見解は表に出にくい傾向があるため、SNSなどで見られるデザイナーの意見が、必ずしもDTPにおけるテキスト編集の全体像を網羅しているわけではないことを念頭に置くべきでしょう。これらの観点から、大企業や出版社・印刷関連企業などを中心に、データ資産活用の面でAdobeの優位性を崩すのは極めて難しいと考えるのが妥当でしょう。3.ローカライズ▶︎縦書き
ここでも前回の記事の課題として挙げたように、Affinityは縦書きに対応していません。縦書き対応については、以前から強い要望があるものの今回のリニューアルに際しても実現に至っておらず、日本国内ではAdobeからの乗り換えで最大の障壁になっています。
縦書き非対応なAffinity縦書き対応と同様に、アラビア語などに代表されるような右から左へのテキスト(RTL: Right-to-Left)言語のサポートも、縦書きと同様に未対応です。こうした、言語表記の問題は、該当の国や地域だけの問題ではなく、日本国内においても学術書・専門書などのテキスト編集において大きな課題を残していることになります。今回のリニューアルは、ローカライズ対応についても強化していく絶好のタイミングでしたが、後回しにしているといった印象を拭えず、大きな懸念点として依然として残っています。一方で、欧米圏では、こうした問題は少ないため、無料化によってAdobeからAffinityへの乗り換えも増えていくと予想されます。
▶︎正規表現
正規表現については、「編集」>「検索」のモーダルウィンドウを開き、欄の右上に表示される歯車のアイコンをクリックすると表示されるメニュー項目の中から「正規表現」を選択すると機能を利用できます。
Affinity by Canvaの正規表現機能ただし、InDesignが持つような一部の高度な表現(例:特定のルックアラウンドアサーションのバリエーション、特定のUnicodeプロパティの指定方法など)には対応していない場合があります。また、InDesignの正規表現には、段落スタイル内で正規表現を設定することで、特定のパターンに一致するテキストに自動的に文字スタイルを適用する「GREPスタイル」という非常に強力な機能が搭載されていますが、今のところAffinityは「GREPスタイル」に直接相当する機能は搭載されていません。加えて、Affinity Publisherは現在スクリプト機能をほとんど持っていないため、正規表現を使った高度な自動処理は、「検索と置換」パネルの範囲内に限定されます。▶︎ルビや約物
Affinityが縦書きに非対応ということは、縦書き中の欧文表記などで用いられる縦中横(縦書き中の欧文などを一部回転させることで、読みやすく編集する機能)やふりがな(ルビ)・強調マークに関しても非対応になります。
ルビや約物にも対応するAdobeまた、パーレン(括弧)をはじめとした約物に関しては、InDesignでも縦書き対応で不具合が生じて調整をすることもありますので、仮にAffinityが縦書き対応になったとしても、InDesignのような安定性は期待できないと考える出版社・編集者は多いと考えられます。これらローカライズの問題は、今後Canvaが日本市場の特殊性と規模をどれだけ重視し、リソースを割くかにかかっています。これは、日本におけるAffinityの普及率が強く影響してくるでしょう。4.フォントAdobe Creative CloudとAffinity by Canvaを比較する上で重要なポイントのひとつに、フォントに関連する機能・サービスが挙げられます。
Affinityのフォント機能Adobe Creative Cloudは、サービスの中に高品質なフォントライブラリであるAdobe Fontsを提供しており(一部のモリサワフォントも含む)、追加料金なしで利用できるという部分は、かなり魅力的な要素です。しかし、無料化されたAffinityに移行することで、その分を外部の有料フォントサービスに回すといったコスト配分の選択肢も可能になります。また、縦書き非対応については、Affinity用に用意された縦書き専用フォント(「えのころ角ゴシック vert」と「えのころ明朝 vert」など)を使うことで、日本語の縦書きレイアウトを擬似的に再現するといった対策もあります。しかし、これらのフォントはソフト側の縦書き用組版ルール(行の送り方向、約物処理、禁則処理など)をサポートするものではありません。そのため、エディトリアルデザインなどの高度な日本語組版が必要な場面では深刻な課題が残っている状態で、Affinityが今後本格的に縦書きに対応していくことが期待されています。まとめ:Affinityがクリエイティブ業界にもたらすインパクト私が実際にツールを触った感想として、UI/UXが一新され、Canvaライクなシンプル操作とAffinityの高機能を両立している点に魅力を感じました。また、比較的古い端末を使っている場合であっても、StudioLinkによるシームレスな連携が強化されたことで、各アプリを個別に開閉する手間が省け、結果的に他のソフトと同時に利用しやすいと感じました。一方で、Canvaアカウントとの連携が必須になったことで、たびたびログイン作業が必要になる可能性もあり、買い切りソフトとして完全にオフラインで使えた以前のバージョンの方が使い勝手が良かったようにも感じます。また、今回も縦書き非対応だった点から、AffinityはあくまでもCanvaに誘導させるための「捨て駒」にされているといった印象も拭えません。しかし、プロユースのグラフィックツールが無料化され、多くの人がアクセス可能になるということは、ユーザー視点に立った市場競争を再構築していく上で非常に大きなインパクトを持つ出来事です。Figmaの進化と合わせ、Webデザイン分野においてはAdobeからの離脱も不可能でなくなってきました。個人的な見解ですが、Affinity by CanvaとAdobe Creative Cloudの関係は、Googleのオフィス系ツールとMicrosoft Officeのような関係になっていくと予測しています。安定性や継続性を重視する大企業ではこれからもAdobeを使い続けると思われますが、ベンチャー企業やIT系企業などでは無料で使えるAffinityを積極的に導入し、コスト削減分をAIサービスなどに投資していくのではないでしょうか。こうした展望を鑑み、今回の無料化を機にAffinity by Canvaを試用することは、クリエイターにとって重要な行動です。また、YouTubeやブログ記事などでAffinityに関する情報提供を行うことが、クリエイターにとって副収入になる可能性も高まっています。本記事で興味を持たれた方は、ぜひAffinity by Canvaを使ってみてください。











